2009年09月08日

「貧乏神さん僕を嫌いに成ってくれませんか」第12回

あの夜以来小人爺さんは仕事場にまで現れ始めた。
ただ、誰も気付かない事が分かっていたので僕は気にならなく
成っては居たが・・・・

僕は工場ではそれなりの立場に成っていた。
社長に僕は信頼を受けていたので僕はその信頼だけは
絶対裏切れないと毎日頑張った。
小人爺さんの事など気にしてられもないほど
僕は仕事に集中するだけだった。

小人爺さんが現れてから半年、大事件が発生した。
深夜電話が鳴って起こされた。
「大変だ工場が燃えてる」と社長の声は震えていた「早く来てくれ」
僕は急いで工場へ駆けつけたが・・・
信じられないほど工場は激しく炎に包まれていた。
「社長大丈夫ですか」「何でこんな事に・・・」
社長は放心状態で燃え続けて行く工場を見つめていた。

火は1時間後やっと鎮火してくれたが
焼け跡の無惨な状態に僕は立ちつくすしかなかった。
火災はどうやら放火らしかったがそんなことは、もう、
どうでも良かった。
社長は体調を崩して入院した。
僕は今後の事で従業員らと話し合い生活の事もあるので
別の工場で仕事を移って貰うことに成った。
しかし、僕は社長の所に残った見捨てられなかったからだが
人の幸せもお金が合ってのこそだとは

気性の良かった妻が変貌していく姿を見て思った。
「お金は生活費をどうするの」
いつも僕を責める言葉ばかり。そして、妊娠していることも
知らされたが僕は社長を見捨てられなかった。
工場再建に頑張るしかなかったが、妻には理解しろと言う方が
無理な話だとは僕も分かっていたのに
妻の言ったひどい言葉におもわず妻の顔を平手で叩いたしまった。
それが妻とまだ見ぬ我が子との別れと成ってしまった。
僕は何度も妻の実家へ誤りに言った「僕が悪かった、
頼むからやり直そう家に戻ってくれ」と、

妻の両親までもが僕を責めた。
僕はあきらめない離婚は絶対しないと言い続けて行くしか
なかった。社長が病院で亡くなった。
僕は何もかもを失ったと実感した社長の死だった
離婚届けに判を押した。子供は女の子だったことは
後から知る。妻の実家から手紙と写真が送られてきたからだった。
手紙には養育費の請求が入っていたが
無一文に成っていた僕にはどうすることも出来なかった。
「あんたに顔が似てるね」小人爺さんだった。     つづく


posted by 桂のたまご at 07:10 | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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