2010年11月24日

小さなお話 「母」

久しぶりに姉から電話をもらう。「お母ちゃんが倒れた」と
私は母とは確執があり家への出入り禁止だったので
10年は 母とは会ってなかった。「悪いの」と聞くと
「もって3カ月だそうよ肺ガンが進行していたみたい」
姉の声は涙声だった。あんたも母を怨んでるじゃないのと思っていたのに
意外だった。

病院を教えてくれた。
私が会いに行って良いのかと思った。勘の良い母の事だから
自分の病気が悪いと思うだろうし
死ぬのが近いから私までが見舞いに来たと思うに違いない。母は69歳

まだ若い内にはいるだろう。
子供の頃から私と母は憎しみ合う為に母子に成ったみたいで
楽しかった思い出が考えても、浮かぶことは無かった。
叩かれ、蹴られ、口でも人に言えないような酷い言葉で罵られ(死ねばいいのに)と


何度思った事か。
私の思いが叶うという事なんだ。母が間もなく死ぬ

冬で京都では珍しく大雪が降り道は積もってた。やっと病院に着いた。病室は
205号室の6人部屋だった。西の窓際に小さな背中が目に入った。

眠っている、丸い椅子に腰掛けじっと背中だけを見ていた。暖房が良く効いていたので
私は眠くなると顔を手で叩いてた。
母が私に気づいた。「来てくれたん」嬉しそうな声と顔に
私は戸惑ってしまう。

「あんた幸せにしてはんの子供は元気なんか連れてきてくれたら良かったのに」
「そやな、今度 連れてくるから」確執が嘘のような母子の会話。
外は牡丹雪が激しく降り出していた。
「大雪のせいはあんたやね」母親がニッコリ笑って言ってきた。
「ざまあ見ろやん、靴濡れてるし親不孝者やしあんたは罰が当たったやん」
1時間ほどして「又来るは、お医者さんの言うことちゃんと聞くんやで」
「嫌や、お医者さんなんか嫌いやは」

母らしい憎たれ口を聞いて私の目に涙が出てもた。
ほんま、泣くこと予定外やった。
帰り道。母の言った通りだと笑ってしまった。母3カ月持たず他界した。
あっちでも好きや嫌いやと困らせているに違いないと、
それも母らしい。人は死んでも変わらんと言うことでしょうね!          おわり

posted by 桂のたまご at 13:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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