2011年01月19日

「無音」3

叔母やご近所の協力もあって、検視から戻ってきた父 母 妹の葬儀が
無事に終えられた。
音のない中で私は人の私を見ては哀れむ顔を、何度見せられたことでしょうか。

三人の写真に向かっても涙が出てこない
現実を受け止められずにいたのでしょうか・・・・
葬儀も終わった夜のこと叔母がメールに
今後の私の事を聞いてきた。私もメールで「私の事は心配しないで」
伝えた。

叔母は「ごめん 家の事も気になるので取りあえず帰るから」と「何かあったら
メールしてきてね」と言ってくれた。
私は「お世話になりました。感謝してます」「後のことは大丈夫」だと書いた。

家に一人に成った 私の心は疑惑で溢れてた。
泣いてなんかいられないじゃないの。誰がこんな酷いことをしたのか
絶対許せない怒りがこみ上げていくばかりだった。
新聞を事件以来初めて読んだ。
書いてある記事の中身に私の知らなかった真実に戸惑っていた。

父が半年も前からリストラされていた事。キッチンだけが荒らされていただけで
物取りの犯行ではなく怨恨説が高いと専門家らしき人のコメントも読んだ。
「家の中で無くなった物はあるかと」刑事に聞かれたが
何も分からなかった。 成人式に着ることになってた着物が
そのままあったことだけだった。
預貯金も取られていないと刑事が教えてくれた。

こんな殺され方するほどの恨みを誰かに持たれる訳無いじゃないの馬鹿と思った。
もしかして犯人は私も殺したかったのかな?
じゃあ 来ればいいお前の顔もみたいと思ったし
理由も聞けると思った。 片づいたキッチンのテーブルの上に 三人の携帯電話を並べる
母のメールを見る たわいない会話ばかりだった。
妹の私の着物は二人の物だよ が妹との最後の会話だった。
父とは滅多にメールをして無かったとメールの少なさに急に悲しさが押しよせる
ごく普通の私達家族を奪った犯人への憎しみが手が震えさせた
何時までも止まらなかった。                    続く
       
posted by 桂のたまご at 09:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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